| 西暦 |
年号 |
坂本龍馬 |
時代 |
| 1835 |
天保6 |
郷士、坂本長兵衛直足の次男として高知城下に生まれる。 |
アヘン戦争(1840〜42) |
| 1841 |
天保12 |
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天保の改革 |
| 1847 |
弘化4 |
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オランダの警告により、幕府は海防に力を向ける。この為下田港は幕府役人等の往来が激しくなった。 |
| 1848 |
嘉永元 |
高知城下日根野弁治道場にて小栗流剣術を学ぶ(14歳) |
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ペリー浦賀に来貢 |
| 1853 |
嘉永6 |
剣術修行のため江戸へ出立。北辰一刀流千葉定吉道場に入門(19歳) |
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ペリー下田に来貢 |
| 1854 |
嘉永7 |
江戸より帰国。
河田小龍に会い、蒸気船の活用について啓発される(20歳) |
吉田松陰投獄される。
日米和親条約の細則(下田条約)が了仙寺にて締結される。
日露和親条約、長楽寺において締結される。 |
| 安政元 |
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安政東海地震 |
| 1856 |
安政3 |
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駐日初代総領事タウンゼントハリス、下田柿崎の玉泉寺に領事館を置く。 |
| 1857 |
安政4 |
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ハリス、将軍に謁す。 |
| 1858 |
安政5 |
千葉定吉より「北辰一刀流長刀兵法目録」を受ける(24歳) |
日米修好通商条約調印
安政の大獄 |
| 1859 |
安政6 |
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ハリス公使となり、江戸善福寺に移る。 |
| 1860 |
万延元 |
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吉田松陰処刑される。
桜田門外の変 |
| 1861 |
文久元 |
土佐勤皇党に加盟(27歳) |
アメリカ南北戦争〜 |
| 1862 |
文久2 |
沢村惣之丞と共に脱藩。
勝海舟門下に入る(28歳) |
ハリス職を辞して帰米する。
生麦事件
寺田屋事件 |
| 1863 |
文久3 |
宝福寺にて前土佐藩主、山内容堂と幕府軍艦奉行竝の勝海舟が謁見し、脱藩赦免。
勝海舟の紹介で資金調達のため、福井藩へ。
政治顧問、横井小楠から匡の改革策「国是七条」を教えられる |
薩英戦争 |
| 1864 |
元治元 |
海軍塾の塾頭となる。(29歳)
国元召喚の延期が認められず、再脱藩。
海舟が乗船する長崎丸が破損し、下田へ逗留しているところに、乗り換え船、翔鶴丸を伴った黒龍丸が下田へ入港。龍馬と海舟は蝦夷地開拓の夢を下田で語る。
長崎で亀山社中を設立。薩長和解を検討(31歳) |
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| 1865 |
慶応元 |
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リンカーン大統領暗殺 |
| 1866 |
慶応2 |
伏見・寺田屋で幕吏に襲われるが脱出。西郷らの招きで、お龍を伴い薩摩へ。(32歳) |
薩長同盟成立
徳川慶喜、征夷大将軍となる。 |
| 1867 |
慶応3 |
亀山社中を「海援隊」とし、隊長となる。
「船中八策」を提案し、大政奉還建白書を提出する。
京都、近江屋にて暗殺される。(33歳) |
いろは丸沈没
大政奉還 |
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明治元 |
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新政府、船中八策を基にした「五箇条の御誓文」を発表 |
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明治4 |
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廃藩置県
西南戦争 |